今日の満月、京の満月

一个人过中秋,今年是头一回。

一人で過ごす中秋って、生まれて初。

小学中学那些年我住奶奶家,每年中秋傍晚,爸妈还没到家,奶奶在厨房忙活,我吃着月饼陪爷爷喝酒,顺便听他数落我叔叔今年又不回来。每年重复着同样的台词,嗔怒中些许宠溺的口气:“你长大了可不能学你叔,成天在外面瞎忙活,连团圆饭都不回来吃,太不像话了!”

小中の頃はばあちゃんの家に暮らしてた。毎年の中秋、親まだ帰って来てない夕方、ばあちゃんはキッチンで料理に追われ、じいちゃんは先に飲み始めた。私の役は、月餅を食べながらじいちゃんにおじさんの悪口を聞いてあげることだった。毎年同じセリフで、怒るふりで可愛がるように聞こえた。「大人になったら、絶対あいつのようになっちゃダメだよ。毎日なんやかんやで忙しいって、団欒も帰らないなんて、実にみっともない!」

所以在我的印象里,中秋节是一定要回家,要“团圆”的。后来到天津上大学,到北京上班,再后来到日本读研,每年中秋都还是要回家。而我的分工也数年如一日:吃吃月饼,喝喝小酒。

なので、中秋には帰らなきゃ行けない、「団欒」しなきゃ行けない。そう認識して生きてきた。大学で天津に行って、就職で北京に行って、それから研究で日本にきて今まで、毎回の中秋必ず実家に帰る。役もずっと、月餅を噛んだり、お酒を飲んだりすることで、変わらないままだった。

只是随着长大,团圆的人越来越少。七年前,终于等到叔叔一起“团圆”的那个中秋,缺席的人是爷爷。直到今年,爸妈对我说,他俩没有上一代长辈那么深的中秋执念,再加上我今年暑假一直在京都实习,不必为了跟他俩吃这顿饭来回折腾一趟。

ただ、大人になればなるほど、団欒する家族が少なくなって行く。やっとおじさんと一緒に過ごせた7年前の中秋、欠席のはじいちゃんだった。そして今年、親はばあちゃんたち世代ほど中秋への執着がないから、私が夏休みに京都でインターンしてるし、ただ3人で食事するためにわざわざ帰らなくて大丈夫って言われた。

今天京都又下雨。傍晚趁雨停,跑去点心店鶴屋吉信买赏月点心「月兎」,店员告诉我中午就卖光了。

京都は今日も雨の中。夕方、少し止んでいるうち、鶴屋吉信へ「月兎」を買いに行った。昼間くらいもう完売だったって、店員のお姉さんに微笑みながら謝られた。

左:月兎、右:月見団子(via 鶴屋吉信HP)

沿鴨川回家,一路仍是阴云密布,悻悻想着今天恐怕是无缘赏月了。不料刚过葵橋,忽然大文字山顶拨云见月,众人纷纷驻足拍照。

鴨川に沿って帰る途中また雨曇り。今日やはり月見は無理だろうなって。葵橋を通り過ぎた途端、大文字山が雲を吹き飛ばし姿を見せた。その後ろから昇ってきた、おおきく明るい、中秋の名月。

当时脑中冒出一个词:きょうの満月。

頭の中ある言葉が響いてた。
「きょうの満月」。

在日语里,今天的「今日」和京都的「京」发音相同,都是「きょう(kyou)」。我在京都常常见到利用这个谐音双关的广告宣传语,比如卖菜的故意不写汉字,偏用拼音写出「きょうの野菜」,不仅强调了菜很新鲜(今日の野菜),也点明了蔬菜产地是京都地区(京の野菜),如果不是我脑洞过大,应该还暗藏了“今天也要多吃蔬菜喔~”的意思。

日本語で、今日の「今日」と、京都の「京」は発音が一緒、「きょう(kyou)」だ。京都に住んでて、このダジャレが使われた看板やポスターがよく見れる。例えば八百屋さんがわざと漢字を使わず、「きょうの野菜」を書きがち。それは「野菜は新鮮だよ」とも読み取れるし(今日の野菜)、「産地は京都だよ」とも読み取れる(京の野菜)。「今日も野菜をいっぱい食べてね」という意味も含めていると勝手に思う。

我很喜欢这个双关,因为「今日」说的是时间,而「京」说的是空间,用得巧可以产生一种时空交错的暧昧。

このダジャレは結構気に入ってる。なぜかというと、「今日」は時間のことで、「京」は空間のことで、うまく組み込めば、インターレースができるはずだからだ。

きょうの満月,可以是「今日の満月」,也可以是「京の満月」。读起来都一样,如果理解为“今天的满月”,那么可以是任意地点看到的满月;如果理解为“京都的满月”,又可以是这座古城在千年岁月中的任意一次满月。妙的是,生活在京都的人,大概都会自然联想到这两层意思。就像咱们随口而出“明月几时有把酒问青天”的时候,眼前的明月已经在潜意识中与千年前那一轮重叠。重叠的两轮明月之间的距离,形成我们文化的厚度。这种厚度让我觉得心里满满的,正如「きょうの満月」。

きょうの満月って、「今日の満月」でもあるし、「京の満月」でもある。「今日」を意味する場合、どこから見られる満月にもなれる。一方、「京」を意味する場合、この古都の千年の中、いつ頃の満月にもなれる。面白いのは、京都に暮らしているみんな、自然にこの両方を読み取るでしょう。我々中国人がつい「明月幾時有/把酒問青天 」(明月、幾時より有るや/酒を把って、青天に問う)を言い出してしまうたび、目の前の満月はもう、千年前の一輪と重なっている。重なった二輪の満月の距離から、まさに我々の文化の厚さを感じるだろう。その厚さが私の心に溢れて、まるで「きょうの満月」のようだ。

几分钟后,圆月渐升,重又掩入层层乌云。我回到家给爸妈打电话,他们告诉我,烟台今天也在下雨。 我们也算是“千里共连绵”了。

数分後、月がだんだん昇って、また雲に隠れた。家戻って親に電話したら、なんと実家も雨だった。私たち家族も「千里共連綿」(千里連綿の雨を共にせんことを)だな。

水調歌頭
蘇軾
(丙辰中秋,歡飲達旦,大醉。作此篇,兼懷子由。)
(丙辰の中秋、歡んで日の出に達するまで飮み、大いに醉って、
此の篇を作り、くわえて弟の子由を懐憶する。)

明月幾時有   明月幾時よりか有る
把酒問青天   酒を把って青天に問ふ
不知天上宮闕  知らず天上の宮闕
今夕是何年   今夕は是何れの年ぞ
我欲乘風歸去  我風に乘って歸り去らんと欲す
又恐瓊樓玉宇  又恐る瓊樓の玉宇
高處不勝寒   高き處寒さに勝へざらんことを
起舞弄清影   起舞して清影を弄ぶ
何似在人間   何ぞ似たる人間に在るに

轉朱閣     朱閣に轉じ 
低綺戸     綺戸に低れ
照無眠     無眠を照らす
不應有恨    應に恨み有るべからざるに
何事長向別時圓 何事ぞ長へに別時に向って圓なる
人有悲歡離合  人に悲歡離合有り
月有陰晴圓缺  月に陰晴圓缺有り
此事古難全   此の事古より全くなり難し
但願人長久   但だ願はくは人長久に
千里共嬋娟   千里 嬋娟を共にせんことを

from Kyoto to Lucerne, skating.

高中时第一次见人玩滑板觉得特别帅,但是听说初学者会跌倒会受伤,我告诉自己,你这老胳膊老腿已经不适合玩这个了。本科时偶尔在校园遇到轮滑社练习,仍会为之吸引驻足,但自觉比起高中时代又更老了,也就彻底断了念想。

I was in high school when I first admired someone playing skateboard. And I told myself, you’re too old to start for the hurts from falling. Still I found myself always attracted by the skating club training in campus when I was in university. Considering I got even older and older, I gave up this mind for ever.

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凡艾克的救贖/The Aldo van Eyck Redemption

乘坐大巴离开阿姆斯特丹前往苏黎世,回想刚刚结束的荷兰五日游,印象最深的居然是计划外的一间教堂。

临时决定去,是因为出发前一天跟导师开完会,随口问了句荷兰有啥推荐参观的建筑。导师问妳去哪个城市?我答鹿特丹、阿姆斯特丹。导师说,鹿特丹去阿姆斯特丹的火车路上经过凡艾克设计的那个范阿尔斯教堂呀,我上回没进得去,正好妳去替我瞧瞧吧。就这么一挥手给我指到了海牙,的郊区。

我原计划周一从鹿特丹前往阿姆斯特丹,不巧赶上复活节第二天,教堂官网写着假期不开门。周日半夜抱着赌一把的心态写了邮件,表明自己是来荷兰建筑之旅的学生,被导师强烈推荐来参观,虽然联系晚了,求求您放我进去。

周一早上,教堂工作人员马库斯回信,我下午两点到教堂,为你开放一小时,你看够吗?我靠太够了好吗!脑海里回响起导师那句:还是“外国留学生”身份好使啊~

教堂外观

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京都花街の夢

今年的 京都国际摄影节(KYOTO GRAPHIE)
我一边做着作业还一边想着至少去瞧瞧 宮崎いず美酱的「UP to ME」 呢,
竟然昨天就结束了(好快!

今年の 京都国際写真祭(KYOTO GRAPHIE) って、
いず美ちゃんの「UP to ME」 だけぜひ見に行こうと
大学の課題をやりながら考えてたのに…
昨日無事終了だって(はやっ!

结果今年就只看了蜷川実花作为联合展的 「京都花街の夢」

結局今年蜷川実花の関連とした 「京都花街の夢」 しか行ってないな。

京都“五花街”(祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東五条街),
至今仍保有艺妓和舞妓的日本传统文化、技艺,且五条街各有特色节目。
从这五条花街选拔出15名艺妓/舞妓,
并根据她们每个人的特色分组拍摄。
展览按五条花街的顺序,
每条街的背景墙选用一个主题色(红、绿、黄、蓝、粉),
照片则又间或选用相邻街道的主题色,
与背景形成对比呼应。

京都の五花街(祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東)は、
今でも芸妓と舞妓という伝統文化、伎芸を大切に守り、
それぞれの流派も違っているという。
こうした五花街から選び抜いた芸妓・舞妓15名のイメージに合わせ、
特別なセットを一人ずつ作成。
展示は五花街の順番で、
あらゆる街は一つのテーマ色(赤、緑、黄、青、ピンク)で壁に塗付、
写真は時々隣の街のテーマ色に合わせて変えたり、
壁と対照になったりしている。

这种玩法本身并不罕见,
但是对「京都传统美学精髓」的精准把握所呈现的色彩组合
确实是只有蜷川実花能做到了。

こういうやり方は珍しくはないけど、
「京都伝統美学の粋」をぴったり把握して色の組合せに見せるのは、
さすがに蜷川実花しかできないだろう。

相邻照片之间,照片与背景墙之间,
颜色及内容都在相互呼应。
让我看的时候总忍不住回望甚至折返,
回味过后会心一笑。
感觉像在梦里误闯了昔日的五花街;
先是迷失,继而流连忘返。

写真たちの間に、写真と壁の間に、
色も内容も、それぞれ繋がっているので、
見たとき何回も振り返して
改めて感じてから、会心の笑みをもらした。
それは夢の中で昔の五花街に迷ったみたい。
迷いながら、帰りたくなくなってゆく。

默默擁抱外星人/黙って宇宙人をハグする

来东京一年了,看过的展览大部分不能拍照,所以很难分享。
不过反而因此看的时候精力更加集中,
话说回来展览本来就应该这样哈。
这里仅放出允许拍照的部分展览,顺序不分前后。

東京に来て一年の間、見た展覧会のほとんど写真禁止で、シェアしにくいよね。でもそのおかげで、展示を見るときにより集中できるようになってきた。
そういえば、元々展覧会はこんなはずだったよね。
ここには写真が許されたヤツだけ乗って一応ご報告で、順番には関係なく。

草間彌生「わが永遠の魂」@国立新美術館

坂茂「PROJECTS IN PROGRESS」@ギャラリー・間

石河美和子、 手塚えりか「布と硝子展」@上野桜木あたり

前川國男自邸@江戸東京たてもの園

尾形光琳、鈴木其一等「燕子花図と夏秋渓流図」@根津美術館

「フランス人間国宝展」@国立博物館

Christo and Jeanne-Claude等「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」@21_21 DESIGN SIGHT

Leandro Erlich「見ることのリアル」@森美術館

吉村順三等「日本の家・1945年以降の建築と暮らし」@国立近代美術館

Aditya Novali等「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」@森美術館

中山英之+砂山太一等「紙のかたち展2」@見本帖本店

「安藤忠雄展ー挑戦ー」@国立新美術館

杉本博司「海景」@江之浦測候所

村上隆等「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」@森美術館

田中晋等「Typography Education II」@武蔵野美術大学美術館

吉岡徳仁「SPECTRUM 2017」@資生堂ギャラリー

「Alberto Giacometti展」@国立新美術館

杉戸洋「とんぼ と のりしろ」@東京都美術館

「盆栽展」@銀座蔦屋本屋

「Hotel Art Fes 2017」@Park Hotel Tokyo

如果有耐心坚持看到这里的话,
就再听我聊聊这一年在东京看过的,印象最深的一场展览吧。
今年三月,从东京搬去京都读书已经定下来了,
却一直拖延不想收拾行李,
就每天四处去看展。

ここまで付き合って頂いたら、
この一年東京で見た展覧会で一番印象強いのを説明させて頂きます。
今年の3月に、東京から京都へ勉強しに引っ越しようと決めてたけど、
ゴロゴロして荷物をまとめる気がなかなか出なくて、
毎日どこかで展覧会ハシゴしてた。

于是在东京Opera City Art Gallery看了这个
诗人谷川俊太郎的个展。

そのとき、東京オペラシティ・アートギャラリーへ
「谷川俊太郎展」を見てきた。

「谷川俊太郎展」@東京オペラシティ・アートギャラリー

展览由三部分组成。
展覧会は三つの部分で構成されている。

1、声音和影像带来的前所未有的诗歌体验
1、音と映像による新たな詩の体験

意识到语言内在的韵律感而创作的诗,由诗人的朗诵声加上音乐和影像组成。音乐和视频调度与韵律配合得天衣无缝,身处其中简直像被一首立体的诗包围,确实是前所未有的诗歌体验。一共三首诗,每首都很短,反复听了五遍还意犹未尽。

谷川先生がことばに内在するリズムを意識しながら作った詩を先生の声をまじえた音と映像のコラージュは、立体的な詩を浴びるような、さすがに見たことない新たな詩の体験を生むでしょう。詩は三つしかなかったし、全て短かったし、5回も聞いたら全然飽きなかった。


ここ / いるか / かっぱ – Installation for TANIKAWA Shuntaro

Sound : Keigo Oyamada (Cornelius)
Voice : Shuntaro Tanikawa & Friends
Movie : Yugo Nakamura / Koji Takahashi / Tsukuru Asada

(photo by KIOKU Keizo)

(photo by KIOKU Keizo)

这儿

去哪儿转转吧,我说。
好啊,去哪儿呀?你说。
这儿也不错嘛,我说。
这儿就不错呢,你说。
我们说着说着,太阳落了山。
这儿,也就成了“哪儿”。

ここ

どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて
ここがどこかになっていく

2、自我介绍
2、自己紹介

由谷川先生名为《自我介绍》的20行诗的每一行拆出20个主题,
围绕每个主题展示诗人的作品、书信、照片、收藏甚至私服,
以此了解诗人的不同侧面。

谷川先生の「自己紹介」という20行の詩から20個テーマにあわせて、
先生が知られざる仕事、書簡、家族写真、影響を受けた「もの」コレクション、私服などまでも見せてくれるかたちで、
先生のいろんな面がわかるようになるだろう。

自我介绍

我是个矮个子秃老头
对名词动词形容词标点符号等等
推敲揉炼的生活
已经过了半个世纪
所以要说起来,我更喜欢沉默

​我喜欢各类工具
我热爱包括灌木丛在内的所有树木
虽然它们的名字我总记不住
我对过去不感兴趣
对权威感到厌恶

我斜视、散光、老花眼
家里没有佛龛也没有神龛
只有个直通室内的巨大信箱
睡眠于我是一种快乐
即使做了梦,醒来就不再记得

这里说的都是实话
但一写下来就显得假
我有两个成了家的孩子和四个孙子,没养猫狗
夏天总是穿着T恤度过
有时候,我写的文字会标上价格

自己紹介

私は背の低い禿頭の老人です
もう半世紀以上のあいだ
名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など
言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから
どちらかと言うと無言を好みます

私は工具類が嫌いではありません
また樹木が灌木も含めて大好きですが
それらの名称を覚えるのは苦手です
私は過去の日付にあまり関心がなく
権威というものに反感をもっています

斜視で乱視で老眼です
家には仏壇も神棚もありませんが
室内に直結の巨大な郵便受けがあります
私にとって睡眠は快楽の一種です
夢は見ても目覚めたときには忘れています

ここに述べていることはすべて事実ですが
こうして言葉にしてしまうとどこか噓くさい
別居の子ども二人孫四人犬猫は飼っていません
夏はほとんどTシャツで過ごします
私の書く言葉には値段がつくことがあります

(photo by KIOKU Keizo)

(photo by KIOKU Keizo)

惊讶

我再也不会惊讶了
即使宣布东京奥运中止
我也不会再惊讶了
即使宇宙飞船飞到月球
我也不会再惊讶了
即使这个国家发生革命
我也不会再惊讶了
即使发现我对什么都不再惊讶的事实

然而还是会惊讶的吧
在发现妻子仍深爱着自己的时候
在新生婴儿打喷嚏的时候
在关掉电视陷入沉寂的时候
为某天突然惊讶的自己感到惊讶

おどろき

もうおどろかないだろう
東京五輪が中止になっても
もうおどろかないだろう
宇宙船が月へ行っても
もうおどろかないだろう
この国に革命がおこっても
もうおどろかないだろう
すべてにおどろきを失ったと知っても

けれどおどろくだろう
妻がまだ自分を愛していると知ったとき
生れたての赤坊がくしゃみするとき
テレビを消した後の静けさの中で
或る日突然おどろく自分におどろくだろう

3、3.3个问题
3、3.3の質問

从谷川先生1986年出版的《33个问题》里选出3个问题,又新加一个“0.3的问题”,向各界活跃人士提问,由他们的回答一起组成的展览。通过各色各样的回答,或可一窥答题人的世界观。

谷川先生が1986年に出版した『33の質問』から3問が選ばれ、新たに「0.3の質問」を加えて作って、各界で活躍する人々に聞きかけ、その答えを作品として展示した。いろんな答えから、回答者の世界観が見えてくるだろう。

(photo by KIOKU Keizo)

其中我最感兴趣的是这个问题:
“如果被外星人问到<阿达马培 普萨鲁内 尤利卡>,你会怎么回答?”

その中一番興味ある質問は次のようである。
「宇宙人から<アダマペ プサルネ ヨリカ>と問いかけられました。何と答えますか?」

有意思的答案不少。其中
搞笑艺人兼作家又吉直树的回答是:
“就近找个地儿喝两杯吗,没问题。”

面白い答えはたくさん出た。
芸人・作家の又吉直樹さんの答えは次のようである。
「近所で、二杯くらいなら大丈夫ですよ。」

但是让我印象最深的还是谷川先生的回答,
读懂的瞬间眼泪夺眶而出。

一番印象強いのはやはり谷川先生の答えだった。
その言葉の意味をわかった瞬間、涙が飛んできた。

他说:“即使唐突,即使会引起对方不适,
我会什么都不说,默默拥抱外星人。”

「恐ろしいけれど、気味悪いけれど、
黙って宇宙人をハグする。」

超推薦!『超合法建築図鑑』

前阵子读了教授推荐的《超合法建筑图鉴》。这本书实在太有意思,从图书馆借回来一口气就读完了。要还书时忽然发现这本十年前的奇书居然国内还没有引进,觉得怪可惜,于是想在这里跟大家分享一哈。

この間藤村先生ご推薦『超合法建築図鑑』を拝見しました。この本はすごく面白くて、読み始めたら、夢中になって一気に読み切ってきました。図書館へ返そうとした時に気付いたもの、十年前出版されたといっても、まだ中国へ輸出されてない状態です。もったいないって、皆さんにシェアしていきたいと思うようになりました。

我想分享的并不是书中介绍的那些与建筑相关的法律知识(对于建筑系学生来说这些知识固然重要),而是作者对建筑的观察和思考方法。这些建筑既是法律的产物,同时也作为法律的载体,记录了不同时代的社会问题、思考方式,以及对于过去的反思与修正过程。大概因为对于建筑动辄推倒重来的修正方式已经司空见惯,这本书给了我巨大的冲击。希望这种冲击也能跟大家分享。

ここでシェアしたいのは、建築に関する法規の知識ではなく(もちろん建築科の学生にとってそれも大事であるけど)、建築に対する観察と思考方法なのです。これらの建築たちは、法規の産物である一方、法規の運び手でもあると言えるでしょう。法律だけじゃなくて、それぞれの時代の考え方も考え直した軌跡も、建築に残されてることが分かります。中国にいて、できた建物をすぐ壊しちゃうという直し方にもう慣れてて、この本を読むとき、すごく刺激を受けました。この刺激も皆さんにシェアしていきたいと思います。

因为不知道会不会涉及版权问题,所以这里只翻译彰国社官方放出的PDF里的内容,或可窥一斑。

著作権に関係あるかどうか分からないので、彰国社のHPにある立ち読みPDFの内容だけで中国語訳してみました。これで全体を覗くことができるんじゃないかと思っています。

前言

  以“解・码”为题持续至今的研究活动,终于结集成册了。“解・码”是2002年我为了参加乃木坂“间”画廊的《今后的建筑》展,从开展几个月前开始的研究。当时我刚离开工作了两年的荷兰回到日本,还没有任何可以称之为作品的实绩,反而只能靠自己刚回国看什么都新鲜的视角,姑且先在东京到处走走看看再说。因为展品就是那些实地调研的成果,所以形成了这样一种奇妙景象:在众多建筑大师披露的最新作品旁边,不知道为什么只有我在展示别人设计的建筑。但至少对于我自己来说,那个瞬间是我回到东京后第一次切实感受到自己“开始做设计了”。
  实际的展出内容是因为过于严格遵守法规,反而显得格格不入的建筑系列。这些建筑既不违法也没有钻法律的漏洞,而是“合法中的合法”,因此我将它们命名为“超合法建筑”。我四处寻访,找到这样的建筑就拍照记录下来,画上有助于理解相关法规的辅助线,一件一件装进展柜,最终组成展览。也就是说,《超合法建筑图鉴》的体裁,在参展的时候基本上就已经成型了。当时也不知道哪来的信心,就觉得当然应该作为书籍出版,然而不知不觉转眼已过了四年。

  虽说最直接的契机是《今后的建筑》展,但我之所以开始观察法律法规与城市景观的关系,还有别的原因。2002年的我,与很多刚从国外回来的人一样,常常受外国友人所托,为他们做东京的导游。他们有的说东京太混乱了不好看,有的说不不、东京的美正是出于这种混乱。说实话当时我已经开始对这些讨论感到厌倦,忽然不知从哪里冒出这样一种超准的直觉:无论美或不美,在下结论之前,应该先详细了解现状、深入研究东京特色形成的原因。当然这些研究我们不能指望来观光的外国人去做。面对总是迅速下结论的他们,我起码得具备能说出“且听我解释…”这种程度的知识才行。但是,东京的样子是由什么决定的,一两句话说不清楚。而且我在忙碌的日常工作中已渐渐习惯了东京的节奏,刚回国时那种强烈的违和感也在一天天减弱。从刚回到日本时是个饭馆就好吃的状态,渐渐变成其实下馆子也就那么回事吧,到后来觉得果然还是应该少在外面吃啊,直到我再也不想去外面吃饭了的时候,展览的出展邀请成了新的转折点。又一次振作起来压马路的契机,是我在抜弁天(厳嶋神社)门前的下坡路发现的“狮身人面像大楼(No.07)”。“狮身人面像大楼”是遵循法规,形状切削得极为复杂的一栋楼。我至今还记得刚注意到它的斜面时那种冲击感。读者们也许会问:真的只是因为这个斜面就开始研究建筑和法规的关系了吗?其实我到那天为止也曾无数次路过却对它熟视无睹。不过我再坦白一件事应该原因就更清楚了:当时我正在复习准备参加一级建筑师考试。要取得日本的一级建筑师资格,首先要本科或硕士毕业并有实际工作经验,然后必须通过设计、“法规”、施工、构造四门学科考试和实际技法考试。在国外生活搁置了考试的我,回国后终于开始正经学习。建筑师考试内容以适用于全国范围的建筑基准法为基础,“狮身人面像大楼”的造型适用的是新宿区的“高度地区”,不属于建筑师考试的出题范围。因此看到它的瞬间,我强烈地想了解它是受哪条法规的影响。坦白说,这个研究开始的契机是,参展、做东京导游,再加上建筑师考试。反正是要学习,那至少在学习中找点乐子吧——我也不否认自己有这样的小聪明。总之,展览成功,考试合格,成了一箭双雕的好事。

  2003年我开始在东京理科大学小嶋一浩研究室指导毕业生论文,题目定为《解・码/通过法规来解析都市与建筑》。当初为了赶着参展张罗的、只有少数人参加现场调研的“解・码”研究,在这个阶段一气呵成丰满了起来。研究从现场调研继续深入,比如仅从建筑立面坡度这个层面出发,对遵循法规得到的造型进行整理。于是,在街上发现 1:1.25 的坡度时,通过反复观察就可以明白应该参照哪条法律条款。同理也就可以从建筑的面宽、层数等等20个不同层面出发,反向追溯相关的法律条款。论文指导持续了两年,第二年为了验证能否提炼出具体设计法规的方法,我们试着用建筑学的方法进行了分类。虽说生活在都市的人对都市构造的解读都多少会有兴趣,另一方面,对于实际运用这些法规的设计者来说,这个研究或许也能作为一种练习,成为重新构筑城市景观的方法,而事实上这也是我们研究的动力之一。回首我在研究生时代名为“羽田机场高层化计划”的架空项目,梦想着利用航空法的规定来探索东京进一步实现高密度化的可能性。为什么说将羽田机场高层化就可以实现东京的高密度化,其奥秘在“中间城市(No.75)”一章也可见一斑。在东京的市中心,根据航空法,建筑高度限制范围是以羽田机场的飞机跑道为中心,呈碗状向四周发散,因而导致品川一带的建筑高度不能超过140米。所以说阻碍东京高层化进程的,其实是机场。改善方法有三个。第一是迁移机场。虽然把机场迁移到郊区就可以实现市中心的高层化,但是会导致市民出行不便。第二是修订法律。但是因为航空法与飞机的构造密切相关,修订法律之前,必须得先开发出能以高角度起飞/着陆的机型才行。第三就是机场的高层化。建筑的高度限制是以飞机跑道为起点计算,因此如果抬高跑道,就可以抬高整个碗状的建筑高度限制范围。像针灸治疗一样,仅仅重建一栋建筑,就可以提高整个东京潜在的容积率,我一直在探索这种切中要害的解决方法。从某种意义上,这也可以叫做“超合法建筑”吧。我现在仍期待,“超合法建筑”并不只是作为解读城市的工具,而能够更积极地运用于建筑设计和城市设计中。
  要为今后的展望定个方向的话,我想多少提一下四年的“解・码”生活的收获。随着研究对象的数量增多,就出现了同一类型的建筑选哪个不选哪个的问题,在选择的过程中随之产生了对建筑所处区域的倾向,以及建筑与地形或道路的关系相关的倾向。比如“长筒靴小路(No.77)”,指的是在规划道路区域,不久后会变成道路部分的建筑受到限制,沿路三层以下作为临时建筑,而背后高楼林立的状态。虽然本书中选用的例子是位于青山的骨董路,但是实际上此外位于原宿附近的明治路、小猫街等等繁闹的街道里也不乏“长筒靴小路”的形式。是因为繁闹所以要扩路,还是因为确定要扩路所以底层部分变得繁闹,孰先孰后实在说不清了。单纯用警察区分善恶的标准已经无法判断的价值正在萌芽。本来是为了保证全国至少最低标准保持一致的法律法规,却意外催生出了地域性的差异,实在有趣。
  说到地域性的差异,其实国外也有好多我们没怎么听说过的法律。机缘巧合,有很多外国人对我们这个研究非常感兴趣,也不乏有人主动介绍自己国家的奇奇怪怪的法律。比如,加拿大的温哥华市有一条叫做“视锥”的法律条例规定,为确保朝向周围群山的视野,从市里的特定位置开始发散呈圆锥型的高度限制。这条法律规定得相当含糊,即使到了现场也很难解读,与其说是对城市景观的直接贡献,倒不如说是为城市建设制造的障碍。但事实是温哥华市作为世上屈指可数的观光城市,一直维持着美丽的城市景观。这也可以说是很有趣的案例。
  再回过头来说,乍看貌似普遍适用的法律制度,却生出如此丰富的建筑和场所,并进一步形成区域的个性,这个事实从某种意义上说简直令人振奋。请允许我大胆设想:“法律”可以看作是“人工的自然”,对于建筑而言已经成为一种重要的“环境”了。

  这些研究活动、计划、展望归结在一起统称“解・码”。本书的主要内容是“解・码”中收集的案例部分,沿用了代指案例的“超合法建筑”这个名字;又因为配上了附有解释法规辅助线的插图,因此叫做“图鉴”。登场的“超合法建筑”有77个,但并不只是介绍这77个建筑本身,而是分别指代一种建筑类型。以动物打比方或许比较容易理解——兔子类也好长颈鹿类也好,再不济也是日本水獭类这种量级的“类型”。而“图鉴”这个名字是艺术指导水野学先生的提议,一语中的点明了本书想要展示“类型”的本质,我觉得非常恰当。也正因此,虽然卷尾姑且收录了地图,但是探寻这77个建筑的东京散步路线可能并没有什么意义。当然了,以什么方式阅读本书是大家的自由。但我期待的是,读完本书之后,对自己现在居住的家和街道的印象产生的巨大变化。然后要不要试着亲自去探寻一下,比本书介绍的例子更为极端的超合法建筑?我第一次带着法规意识去观察城市的时候,那种跌破眼镜的惊讶感觉,如果能与大家一起分享,那就是我莫大的喜悦了。

未完待续
つづき